お知らせ NEWS
December has come. Christmas is just around the corner.
Do you know where the Christmas celebration began?
About 800 years ago, in a small town in Italy called Assisi, there lived a young man named Francis. He is now known as Francis of Assisi.
Francis was born into a rich family. His father was a cloth merchant. Francis loved singing and was kind to everyone. When he grew up, he enjoyed spending time with his friends and often paid for them.
At that time, many wars were going on in Europe. Francis went to war, but he was captured, became sick, and finally returned home. After this, his life completely changed.
He began to help poor and sick people. He gave away his father's cloth and used the money to help others. His father became very angry, and they went to court. Francis took off all his clothes, returned them to his father, and left his home to live without money.
Francis repaired old churches and cared for sick people. Many people were moved by his life and joined him. He lived by these words:
“Instead of being comforted, comfort others.
Instead of being understood, understand others.
Instead of being loved, love others.”
One Christmas, Francis made a small stable with a baby doll and animals. Everyone celebrated together in a warm and peaceful way. This is said to be the beginning of the Christmas nativity scene.
At that same time, Japan was changing from the Heian period to the Kamakura period. From a small town in Europe, the spirit of Christmas slowly spread around the world.
12月になりました。クリスマスが、もうすぐそこまで来ていますね。
さて、クリスマスのお祝いは、いつ、どこで始まったのでしょうか。
今から800年ほど前、イタリアのアッシジという小さな町に、フランシスコという青年がいました。のちに「アッシジのフランチェスコ」と呼ばれる人です。
フランシスコの家はとても裕福で、お父さんは外国から布を輸入して売る大きな商人でした。フランシスコは歌が好きで、明るく心のやさしい若者でした。お金持ちだったので、友だちとよく遊び、みんなの支払いも自分がしていたそうです。
当時のヨーロッパは戦争の多い時代でした。フランシスコも戦争に行きましたが、敵に捕まり、牢屋に入れられ、病気にもなってしまいます。ようやく家に帰ることができましたが、このつらい経験が、彼の生き方を大きく変えました。
フランシスコは、困っている人や病気の人を助けるようになり、家の布を人にあげたり、売ってそのお金を貧しい人に使ったりしました。しかし、お父さんはそれを許さず、ついに裁判になります。フランシスコはその場で服もすべて脱いで父に返し、家を出て、何も持たずに生きる道を選びました。
それからフランシスコは、壊れた教会を直したり、病気の人の世話をしたりしました。彼の生き方に心を打たれ、一緒に生きる仲間も増えていきました。フランシスコは、こんな言葉を大切にしていました。
「慰められるより、慰めることを
理解されるより、理解することを
愛されるより、愛することを」
ある年のクリスマス、フランシスコは馬小屋を作り、赤ちゃんの人形や、馬や羊を置いて、みんなであたたかくお祝いをしました。これが、今のクリスマスの飾りの始まりだと言われています。
この頃の日本は、ちょうど平安時代から鎌倉時代に変わるころでした。
遠く離れたヨーロッパの小さな町から、クリスマスのお祝いは、少しずつ世界に広がっていったのです。
日本人の場合、大体普通、第二外語ができるという場合、英語だと思います。
日本語の他に、日本語と同じように語学が話せて書けるということはいいことがたくさんあります。
1)外国の人と意思疎通ができるというだけでなく、考え方や可能性を広げ、異文化理解を深めます。
2)脳機能を活発にさせ、記憶力、問題解決能力、想像力を高め、思考を柔軟にし、認知機能の衰えを緩やかにします。
3)ブルーバル化の進就職市場に老いて、教育や職業選択肢を広げます。
4)言語を学ぶには多くの忍耐力、粘り強さ、集中力を要しますから、その学習力は、人生の多くの分野に良い影響を与えます。
そのように、第二外語ができること、バリリンガルになることは「知的能力の向上」、「職業選択可能性の拡大」、「異文化理解促進」、「より深い旅行体験」、「人格形成」そして、共感力のある「グルーバル市民」になるための不可欠な要素でもあります。
話は、ちょっと固くなりましたが、例えば、先日、結婚式に参加させていただきました。素晴らしいお二人の人生スタートのショーでした。
お二人が選ばれた音楽がずっと流されていたのですが、その中の一つに、Eric Clapton のTears in Heavenがありました。この曲は、EricClaptonの愛する2歳になったばかりのコナー君が事故で亡くなりその時に作られた曲です。
その曲は、
Would you know my name, if I saw you in heaven?
Would it be the same, if I say you in heaven?
I must be strong and carry on, ‘cause I know I don’t belong here in heaven.
Would you hold my hand, if I saw you in heaven?
Would you help me stand, if I saw you in heaven?
I’ll find my way through night and day, ‘cause I know I just can’t stay here in heaven.
上の2つのパラグラフは大体問題なく、内容がわかると思います。
次のパラグラフは、上の2つとは異なり、youというのは、一般的な「人」、「クラプトン」のことを言っています。
Time can bring you down
時は、人をうちのめすことがある
Time can bend your knees
時は、人をひざまずかせる(逆らえなくなる)事がある
Time can break your heart
時は、人の心を打ち砕くことがある
Have you begging please,Begging please.
そして時は、人に「お願いだ」と懇願しなければならない状態に追い込まれる事もある。
この言葉の意味が深くわかるには、クラプトンの人生・生活状況と、西洋と日本の文化の違い、神や罪や自責の念などの違いがわからないと、なかなか、理解できにくいと思います。
なので第二言語(英語でも他言語でも)学び続けて下さい。
人生が広がります。
古代エジプトの時代から、人類は「学び」を通じて知恵と価値を受け継いできました。
王族や神官の娘が読み書きや天文を学んだように、女性にも知的な役割が与えられました。その精神は、時代を越えて脈々と続いています。
すなわち、良い考えとは「人を生かし、自分を高める知恵」であり、それは文化や宗教を超えて人間社会の根底に存在してきました。
日本においても、女性が学問の場に立つためには、長い年月を要しました。しかし、その歩みを支えたのは、教養を重んじた家庭と、娘を信じる父の存在でありました。
たとえば下田歌子の父・平尾鍒蔵は、困窮の中でも娘に漢籍と和歌を学ばせました。
細川ガラシャの父・明智光秀は、知性を重んじる教育を施し、娘に思考と信仰の自由を与えました。
近代では緒方貞子の父・緒方竹虎が、「判断と責任」を教え、国際社会での使命感を育てました。
これらはいずれも、女性を「従う者」ではなく「共に考える人間」として育てた教育です。
女性が自らの知と意志をもって立ち上がるとき、その力は困難を越えて次の世代を照らします。学びは単なる知識の継承ではなく、希望を伝える行為です。
古代から現代に至るまで、教育の本質は「尊厳と可能性を信じる心」にあります。時代が変わっても、人類を導くこの良き思想は絶えることなく受け継がれています。
― 内容重視の英語学習で、世界を広げよう ―
英語がネイティブのように話せるようになることは、夢のように嬉しいことです。英語で外国の人たちとコミュニケーションを取ったり、英語を使ってお仕事をしたりすると、世界がぐんと広がります。
そのような英語力を身につけるために、さまざまな英語教授法があります。
たとえば「文法訳読式」という教授法は、日本では昔から行われてきました。文法の規則を学ぶことは、英語の仕組みを理解するうえで大切です。
日本は島国で、日常生活の中で英語を話す人と出会う機会が少ないため、文法を学ぶことで英語の基本をしっかり身につけることができます。
しかし、文法だけでは、ネイティブスピーカーのように話したり書いたりすることは難しいでしょう。
そこでおすすめしたいのが、「内容重視の英語教育(Content-Based English Education)」という方法です。
この方法は、興味のある内容を英語で学びながら、自然に英語力を高めていく学習法です。
たとえば、英語の「こども文学」が好きな方なら、やさしい英語で書かれた『赤毛のアン』やグラフィックノベルを読んだり、YouTubeで映画やアニメの『赤毛のアン』を観たりすることから始められます。
楽しみながら学ぶことで、英語がどんどん身についていきます。
こんな方におすすめです:
・英語をこれから始めたい方
・文法だけでなく、英語を「使って」学びたい方
・海外の文化や物語に興味がある方
・自分のペースで楽しく英語を学びたい方
授業内容の一例:
・やさしい英語で読む児童文学(例:『赤毛のアン』)
・映画・アニメを題材にした英語リスニング
・日常会話や自己紹介の練習
・英語で世界の文化を学ぶミニレッスン
講師よりメッセージ:
英語は「知識」だけでなく、「出会い」と「楽しみ」を広げてくれるものです。
好きなテーマを通して、一緒に楽しく英語の世界をのぞいてみませんか?
Let’s enjoy learning English together!
卒業生がエストニアに行ったと、「美しい絵はがき」をプレゼントしてくれた。
彼女の趣味の一つは、海外旅行先で美しい「絵はがき」を見つける事だそうです。私は、エストニアというと「エストニア出身把瑠都関」しか知りません。
インターネットでエストニアを調べると、Skypeの発祥の地で、IT技術と世界遺産の中世の旧市街が共存した魅力のある国だとありました。確かに、レンガ色の屋根と白い壁、ロシア風なとんがり屋根の塔、青いバルト海と空のコントラストが絵のように美しい写真ばかりでした。
One of the graduates of St. Mary gave me beautiful postcards from her trip to Estonia.
She said that one of her hobbies is finding beautiful postcards from her travels abroad. Thinking about Estonia by myself, only I can recall “Baruto seki” of the big Sumo wrestler who was from Estonia.
Since I did not know about Estonia, I looked it up online. I found the birthplace of Skype, and a fascinating country where IT technology and a medieval old town were admitted as an old Heritage site. All the photos I could see on the Internet were like fairy tales which had brown colored roofs, white walls, Russian style pointed towers, the blue Baltic sea and blue sky. Those photos bring us very mixed romantic feelings.




